スキルアップメモ 2015年夏号
■税務・会計分野で飛躍的に電子化が進むエストニア(前編)
 テクノロジーが飛躍的に進化し、人にかわってコンピュータ技術が労働してくれることで、私たちの生活はさらに便利に、より豊かになりました。
 そしてこの“進化”によって、これまで存在していた職業がなくなる事態が起こっています。
 北ヨーロッパにあり、バルト三国のひとつである小国エストニアは、ITの発展が著しく、個人の納税について税理士や会計士に対するニーズがほとんどなくなり、急減しつつあります。それは、税理士や会計士が請け負う「申告を代行すること」と「節税の相談」が不要になったからです。

申告を代行するニーズがなくなる
 エストニアは、国民の約95%が活用する非常に便利な税金申告システムが作られています。納税者は「最低5クリック」で申告を完了することができ、これによって申告の代行を依頼する必要がなくなったのです。
 エストニアで電子申告がスタートしたのは2000年で、世界で初めて納税の電子サービスを提供する国となりました。最初の3年間は、一般納税者の利用率が20〜30%と伸び悩んだものの、その後地道に続けたPR活動と、実際に利用した納税者がオンラインサービスのメリットを実感し始めたことにより、数字は右肩上がりに上昇、11年には94.5%と、ほとんど全ての納税者が利用するサービスとなりました。これは納税者や国とともにメリットが大きく、次のような手続きの簡素化、業務の効率化、時間の節約などの変化をもたらしました。
●1年間で累計約27万時間にも及ぶ納税者の時間の節約
●膨大な申告書類の処理業務から解放された税務署員の勤務時間を約7万5,000時間節約
●旧来の書式による申告では数カ月かかっていた還付金の振り込みが3〜5営業日で行われる など

節税の相談がなくなる
 エストニアは税制が非常にシンプルで、相談する余地がないと言われます。その3つの特徴を挙げてみましょう。
@単一税率の採用
法人税および所得税ともに21%のフラットレートを採用し、所得が高くても安くても税率が同じである
A資産税がほぼなし
所有資産は土地のみが課税対象とされ、相続税や贈与税がない
B会社への課税なし
2000年の税制改正で、法人が利益を内部留保している限りは法人税はゼロという制度が導入され、配当する場合にのみに法人税がかけられるようになった

世界最先端のクラウド国家
 エストニアは多くの行政手続きも電子化されており、その最先端技術を一目見ようと多くの視察団が訪れます。最近では、世界で初めての電子署名での契約を行うなど、各国から注目を集めています。
●電子化されている主なサービス
会社登記 会社登記をネット経由で行える
土地登記 オンラインで土地の所有や使用権等の情報が記録される
電子投票 インターネットで選挙投票を行うことができ、海外に出ていった国民も投票することができる
電子カルテ 個人の健康診断記録が登録され、医者や個人がみることができる
処方箋システム すべての病院と薬局が接続され、患者はIDをかざすだけで処方薬を入手することができる
教育 システムに生徒の成績や宿題、出欠が記録され、生徒や保護者、学校が閲覧できる。またタブレット端末で授業を受ける
電子閣議 閣議の議題がインターネット上でアップされ、インターネット上で決議される。閣議の状況が常に国民が見られる
警察 警察も国民データベースにアクセスでき、職務質問などの際に個人情報を照会することができる
モバイルパーキング 駐車場の空き検索や支払いをスマートフォンで決済できる
 現在、エストニアが力を入れているのが「電子住居」と「データ大使館」です。「電子住居」とは、自分たちが世界のどの土地にいても、公的サービスのほぼすべてを電子化することでエストニアの国家サービスを受けられる取り組みです。一方、「データ大使館」というのは、データサーバを世界中に散りばめることで、例えば侵略を受けたとしても、データが守られる、国家が保全されるという考えです。
 常に周辺諸国から侵略を受けてきた歴史がエストニアにはあります。仮に自分たちの土地が奪われ国民が離散しようとも、国民のアイデンティティを守れるようにしたいという想いが背景にあるようです。土地を奪われようとも、クラウド上での国家が成立していれば安全というわけです。

日本のマイナンバー制度との違い
 日本では2016年1月からマイナンバーの利用が開始され、社会保障制度、税制、災害対策の3つの分野に関する行政機関の事務について電子化されますが、エストニアでは、利用の範囲は異なりますが、日本のマイナンバーと同様、国民は誕生とともに国民ID番号が付与され、一生涯のものとなります。エストニア国民は、国民ID番号が収納された電子IDカードを受け取り、国民の義務として15歳以上はこれを携帯し、身分証明書や運転免許証、健康保険証として利用されます。また、行政サービスの各官署はすべてこのIDにデータが紐づいて行われます。民間サービスでも広く利用され、公共料金、交通機関の利用、インターネットバンキング、ネットショッピング、学校への願書提出、求人応募など、便利な番号として様々な場面で用いられています。
[文責] いっしょに会計事務所 代表・税理士 上田智雄