会計ひろば2
会計事務所の新しい役割「経営支援業務」
一般的に中小企業には、戦略的思考が欠けていると言われていますが、会計事務所も同様と考えられます。何かに特化することや、差別化した方向性を打ち出すことができなければ、業績悪化の罠から抜け出すことはできません。これまでほとんどの会計事務所は記帳代行中心から自計化移行を図り、巡回監査や経営支援業務により付加価値の高いサービスを提供することに努めてきました。私も企業の経営をサポートし発展に貢献したいと思い、税理士の資格を取得しました。1984年事務所を開設し、税務会計ではなく経営支援中心の事務所にしていきたい、会計事務所としてコンサルティング業務の領域を確立したいと考えていました。そして、「中小企業の新たな事業活動の促進に関する法律」に基づき、2004年1月「会計事務所ができる経営支援業務の領域を確立する」というテーマで、青森県知事から経営革新の承認を受け、戦略的に取り組むことになりました。しかし現実には、毎年経営計画を作っても実行できないという悩みを抱えていました。また、厚い壁は事務所内部にもあったのです。それは、「既存の安定した業務(記帳代行、税務代理)があるのに、なぜ新しいことに取り組むのか」という意識でした。
全社員参加による経営計画実行の仕組み
会計事務所による経営支援業務の領域確立を目指し、経営の基本を理解するため経営計画やMAS監査※について学びました。そして、ITコーディネーターの勉強で学んだバランス・スコアカード(BSC※)は戦略を明確にするという点で良い手法だと感じたのです。会計事務所も含め、中小企業の経営で一番の弱点は、「ビジョン」と「戦略」ではないでしょうか。まず、企業の戦略作りの基本となる財務管理を勘定奉行等のパッケージソフトで徹底。その生きたデータを使用し、次の戦略立案のステップとして、BSCを取り入れることはとても有効と言えます。私ども自身がBSCを導入し成果を挙げたことで、企業に対してBSC導入を推進する説得力がつき、普及にも弾みがつくと考えました。私はメンバーとなっている「智創クラブ」でBSC研究会を作り、さらに、様々なシステムを導入しながら実践してきました。
BSCの効果として、戦略を現場の言葉にする、コミュニケーションが良くなるということが挙げられますが、まさにその効果を発揮しています。業績評価システムとして考案されたBSCには、「財務」「顧客」「業務プロセス」「人材と変革」の4つの視点があり、この4つの視点の因果関係を考慮することでバランスのとれた経営戦略を立てることができます。当社の場合は、4つの視点ごとに責任者を配置し、また社員全員に指標を持たせ、その入力を担当させました。その結果、目指す方向、経営計画で何をしたいのかという視点を全社員が持つことができるようになりました。
経営計画は3年計画とし、最終的には、所長が示したビジョンと戦略に基づき、幹部が話し合って戦略マップで行動計画を作り、数値計画を決定するという手順で行うことができました。経営計画を実現するための業績評価指標を全社員いつでも見ることができる状態にすることも重要です。毎月の全体会議は、前月の結果報告が中心の報告会から、「どのようにしたら、この業績評価指標は良くなるのか」という戦略的な話し合いに変わり、経営サイクルが定着してきました。このような経験から、ビジョンを実現するために、企業のやるべきことを絞り込み、得意分野をより確立するなど、他社との競争で優位に立つための「打つべき手」を、戦略的に展開できる体制構築の支持を促進することが可能になりました。
加えて、これまでの事業構造をキャッシュフロー創出力の視点で見直し、戦略的に経営資源の選択と集中を図る提案も補足的に行えます。
経営計画と人事制度の接合が鍵
経営計画には「ビジョン」と「戦略」も大切ですが、「人事制度」も重要な要素の一つです。社員が10人以上になれば、人事制度は必ず必要になります。人事制度の本当の目的は、評価や処遇を決めることではなく、社員を成長させることです。社員を育てる仕組み=人事制度があれば社員は安心して成長していきます。社員が成長し業績を向上させている会社と、社員が成長せずに業績が低迷している会社の違いは、「社員が成長しやすい経営環境が存在するか」という点です。高い業績を実現している会社の社員は、やるべきことが明確になっています。管理者や社員が自らの成長を確認できる状態にあるのです。つまり、成長が可視化されなければ、成長などあり得ないのです。一方で、業績が低迷している会社には特徴があります。それは、真剣さでもモチベーションの低さでもなく、やるべきことが多すぎて、やりきれないままに時を過ごしているのです。経営計画があっても、社員一人ひとりの行動まで落とし込まれていなければ実現は困難であり、その経営計画に実効性はありません。当社では、社員を成長させるため、私が講師を務める“新・人事塾”の中で活用されている成長シートを導入したことにより、業務フローが効率化され、社員のモチベーションをさらに向上させることに成功しました。新・人事塾とは、自社に適した人事制度を受講者と一緒に作り上げていくものです。成長シートには、社員個人が目指すべき「成果」、それを達成するために必要な「重要業務」、重要業務を遂行するために必要な「スキル」、組織における「勤務態度」の四つの視点があります。社員にこの視点を当てはめ、自分のレベルがどの程度なのか、何点なのか採点し、これをすべて公表しました。評価に対する透明性・客観性が社員の向上心、成長、ひいては業績アップに繋がるのです。
この制度との出会いにより、経営計画と人事制度の接合が社員の成長、企業の成長の鍵であると理解でき、経験と実績から企業の人事制度構築の指導・普及を開始しました。
新・人事塾による人事制度づくりの特徴は、既存の人事制度をカスタマイズするのではなく、経営者が自分の価値観にあった人事制度を作ることです。100人の経営者がいたら、100通りの人事制度になるということです。さらに、参加者全員がお互いに情報の共有化を図るため、貴重な情報交換や意見交換が行われるというメリットも生まれます。この人事制度の進め方は、まず成長支援制度(評価制度)、次にステップアップ制度(昇進昇格制度)と教育制度、そして賃金制度を作り、その上で目標管理制度作りに取り組みます。人事制度を作り運用することで、人件費が増えずに社員が成長し業績が向上するのです。それは労働分配率の改善であり、営業利益率の改善になるのです。
今後も、自身の実践による経験とノウハウの蓄積により、お客様に自信を持って経営についてのアドバイスができるよう、社員の成長と共に、業績向上を図る組織をつくる支援、御社新生プロジェクトに取り組んでまいります。
※MAS監査:成長のための経営計画の立案と予実管理を中心に、計画(Plan)−実行(Do)−評価(See)である経営サイクルの確立を支援する業務。その仕組みづくりと安全経営のためのリスク分析や事業承継のための自社株分析などを行う。
※BSC:バランス・スコアカード。1992年ハーバードビジネススクールのキャプラン教授とノートン氏によって発表された戦略の策定と実行のための戦略的マネジメントシステム。ISOなど定量的な管理を必要とする規格が増えてきたことや業績評価と成果主義的報酬制度の連携が求められてきたことなどから導入が進む。BSCの役割は、戦略への方向付けと集中にあり、戦略志向になるための5つのマネジメント原則として「戦略を現場の言葉に落とし込むこと」「企業を戦略に方向付けること」「戦略をすべての人の毎日の仕事にすること」「戦略を継続的プロセスにすること」「経営幹部がリーダーとなって変革を活性化すること」が述べられている。
Vol.10
2008年夏号
このコーナーでは、OBCのASOS会員である会計士・税理士といった、企業と必ず接点のある職業会計人の方を、現在のトピックを交えながら紹介していきます。
若山恵佐雄
代表取締役
若山恵佐雄
(わかやま いさお)
株式会社 若山経営

●株式会社 若山経営

青森県青森市筒井八ツ橋1372-1
TEL:017-738-8833 FAX:017-738-8827
ホームページ:http://www.wakayama-keiei.jp/

1987年創業。社員28名と顧問税理士3名により、中小企業の活力経営を支援。財務改善実現のためのMAS監査、経営計画の実現に有効なBSCの導入および運用指導、さらに、社員を成長させ、業績向上をはかる人事制度構築を目的とした人事塾も好評開催中。

●奉行EXPRESS 2008年夏号より