スキルアップメモ 2015年秋号
■税務・会計分野で飛躍的に電子化が進むエストニア(後編)
前編では、エストニアから税理士・会計士が急減した背景について紹介しましたが、今回は、「なぜエストニアではそれほどまでに電子化が進んでいるのか」を説明していきます。この問いを解説する前に、まずはエストニアの歴史が大きく関わっていることを知っておく必要があります。北ヨーロッパに位置するエストニアは、ドイツやロシアなど、常に様々な列強諸国に支配された歴史があります。それらの国々から多くの影響を受けながら、この支配が、良くも悪くもエストニア国民のアイデンティティに大きな影響をもたらし、電子政府(eガバメント)を推し進めました。

エストニアで電子化が進む理由
エストニアは1991年に独立回復を宣言するまで、ドイツ、スウェーデン、デンマーク、ポーランド、ロシア、ソビエト連邦(旧ソ連)と、他国によって800年近くにわたって支配されてきました。この歴史が、電子化が進む理由に大きく関わっています。
●理由1 プライバシーに寛容である
エストニアは1918年に独立国家として誕生したものの、1939年から約50年間、旧ソ連による支配を受けてきました。旧ソ連は共産党による高度な中央集権化された国家でした。そのため国民は、旧ソ連体制の象徴である国家安全委員会(KGB)の監視下で、長きにわたりプライバシーのない生活を続けてきました。この結果、電子化の基盤となる情報の開示に対するアレルギーの少ない国民性へと変わっていったのです。
●理由2 国も国民も電子化を望んでいた
エストニアの国土面積は約45,000kuで、人口は約130万人です。日本の九州と同程度の面積に、福岡市の人々が住んでいるイメージです。気候は、冬はマイナス20度くらいにまで下がり、外出するのは一苦労。市民が適切な行政サービスを受けるために、国も国民も電子化を望む声がありました。余談になりますが、エストニアには旧ソ連の支配時代に人工知能を研究する機関が設置されていたそうで、優秀なIT技術者がこの国に集結していたことも後押しになったようです。
●理由3 人材が限られている
1991年の独立回復直後、エストニアは経済が貧しく混乱し、国家として厳しい現実に直面していました。この経済低迷を放置しておくことは政治的不安定を招きかねないため、政治や行政、民間をはじめ、国全体でこの危機感が共有されていました。しかし、経済的に豊かになるには、エストニアは鉱物や石油などの資源が少なく輸出での外貨獲得も難しく、また人口も少ないため低賃金を武器にした工場誘致戦略にも限界がありました。いかに資源や労働力に頼らずに経済を発展させるか。そこで政治主導者たちはITの力に頼る道を選択したのでした。
●理由4 IT化を一気に推し進める機運があった
旧ソ連による50年もの支配から抜け出すためにエストニア国民が一致団結し、1991年に独立回復を勝ち取りました。国としては貧しかったものの、国も国民一人ひとりも新たな挑戦を使用という機運が高まっていました。時を同じくして、世界はアナログからデジタルにとパラダイムシフトの変化が生じ、この流れに乗ろうと、政府、国民は発展のために一丸となってIT化に取り組みました。また、新たな国策を邪魔する既得権益者は皆無であり、反発が少なかったのも大きな要因です。しかしその後、2007年に世界で初めて大規模なサイバー攻撃を受けたことがあり、政府、メディア、金融機関をターゲットにした攻撃が行われ、数時間にわたりネットワーク全体が機能不全に陥ってしまったのです。これは忘れてはならないリスクであり、エストニアはNATOなどを巻き込んだ対策をはじめ、過去の歴史を繰り返さないために、また、自分たちの生活を守るために国民全体でセキュリティ対策の増強を進めています。

エストニアから日本が学ぶこと
エストニアは公共サービスのIT化という面では、世界最先端の取り組みを行っており、ここに「これからの政府」の未来像が見えてきます。資源が少なく、歴史上かつて遭遇したことのない少子高齢化を迎える日本にとって、行政サービスの効率化は必要とされる要素であることは間違いなく、IT化は避けて通れない道です。
日本が学ぶべきポイントは、エストニア政府が常に掲げるキーワード、「透明性」にあると思います。エストニアの大統領も「エストニアは、世界で最も透明性の高い政府の一つ」と語っているほどです。政策の決定や議論の過程がIT上で公開されており、この「透明性」のなかで政策が決まるので、政権が変わってもブレが少なく実効性が高く、また、連絡の欠如や縦割りの弊害も防いでいます。これはIT化推進のプロセスのみならず、民主主義政治そのものの在り方から学べるところが多いと言えるでしょう。

日本における今後の税務・会計のIT化
日本における税務・会計のIT化の進行も全体利益につながっていくことは間違いありません。現在、棚上げになっている土地・建物の登記情報、株式、債券、医療などの情報とマイナンバーとのひも付けも、プライバシー保護に対する懸念が常につきまといますが、議論の末に実行されていくことでしょう。それは、利便性の価値が優先されるからです。これらの情報が有機的に結びついていけば税務・会計分野も省力化が進行すると思います。
[文責] いっしょに会計事務所 代表・税理士 上田智雄