特別連載コラム第1回:増税により大きく変わる消費者心理。より顧客の視点に立ち「改善」から「改革」への移行が必要
消費税とは何か。なぜ引き上げられようとしているのか
 消費税が引き上げられる理由は、ひと言でいえば、「借金がどんどん増えているため」です。皆さんは国の支出金額のうち、半分以上を占めているのが「社会保障関係費」と「国債費」だということをご存知でしょうか。「社会保障関係費」とは、65歳以上の人をはじめ、働けない人の生活を守るためや、私たちの健康や生活を守るための費用です。「国債費」とは、国の運営費のうち、足りない金額を補てんするために借りている国の借金で、その元金と利息の支払いになります。つまり、増税は国の財政が芳しくないために実施されるのです。
 今、日本は高齢化に向かっており、働いて税金を納める人よりも、年金などで生活する人の数が年々増えています。入ってくるお金よりも出ていくお金が多いので、当然国のお金がなくなり、借金をし続けているというわけです。2016年末の見通しでは、国の借金は1,062兆円にまで膨れ上がると予想されています。借金をせずに財源を確保するために、広く浅く確実に集められる消費税引き上げという策がとられています。
 消費税とは、その名の通り「消費にかかる税金」であり、消費とは「物財を費やす行為」です。私たちの生活は、食事をしたり服を着たり、物財を費やす行為で成り立っています。この行為に対して消費税はかかるわけですが、これを少し大げさに解説してみると、もし今あなたがサンドイッチを食べているとしたら、「そのひと口ごとに消費税が課されている」ということになります。でも実際のところ、国は消費の都度、国民一人ひとりから税金をもらうことは不可能なので、消費者がその物財を買ったタイミングで消費税をもらうことにしているのです。
「高いと買わない」消費者心理にどう対応していくか
 消費税を引き上げれば国の税収は増えます。これにより社会保障関係費の支出の補てんができ、借金が増えるスピードは遅くなります。ただし、これで万事OKという話ではありません。
 消費税が上がれば物の値段も上がります。消費税が10%に引き上がれば、国民一人当たり27,000円の負担が増えると言われています。言い換えれば、国民一人当たり27,000円の物価上昇が生じることになります。当然物価が上がれば「高いから買わない」という心理も働くでしょう。消費者が物を買わなければ会社の売上は上がらず、利益も伸びません。結局、経済は冷え込み、消費行動が控えられ、一方で社会保障の税収が減れば、消費税はさらに増税される方向に向かうかもしれません。
 消費税を理解したうえで、企業が取るべき対策を考えてみましょう。短期的・対処的な対策としては、増税の実施によって予定されている、消費税率8%と10%の2種類が設定される「複数税率(軽減税率)」や、決められた様式の請求書を保存しなければ消費税負担が迫られる「インボイス方式」が導入され、事務作業はより繁雑化していきます。これらの作業のルーティンをいち早く構築することや、そのルールを理解して上手に運用していくことが求められます。
 一方で、長期的・本質的な対策についても考えなくてはなりません。増税によって消費者の心理がどう動くかは、ある程度予測できることです。すべてのビジネスは、最終的には消費者の満足に向かって活動しており、その消費者が対面する問題解決のために活動するのが企業の使命です。増税によって物価が高くなったと感じる消費者に対し、常に納得のいく価格を提供できるようコストを下げる努力が求められることでしょう。これまで以上に、さらにコストを下げるには今までのやり方を根本的に見直し変えていく必要があります。それはもはや改善のレベルではなく、劇的な改革をするくらいの勢いが求められるでしょう。現状に満足することなく、価値の高い商品・サービスの開発に努め、今まで以上に消費者の生活コストを下げる企業努力が不可欠なのです。
 また、ITをうまく活用することも必須です。ITに不慣れだから、ITについて詳しくないからと言っている余裕はありません。積極的に新しいITサービスを駆使し、効率・効果を最大限に発揮して行動することが重要です。もちろん、これは簡単なことではありません。


 増税は、消費者の心理や行動に影響を及ぼし、これまでのマーケットを大きく変えてしまう可能性があります。これに対応するには、事業を根本的に見直す必要があります。過去の成功事例のみに捉われこれまで通りで大丈夫と考えてしまうことは大変危険です。増税によるマーケット変化を予測し、新市場に挑戦するくらいの勢いと覚悟を持つことが大切です。

 日本人は根性論を好む傾向にあります。市場が厳しくなっても、「じっと我慢し続ければ何とかなる」と思いたくなる気持ちもあります。例えば売上が伸びなければ、社員がたるんでいると考え、 叱咤激励による精神訓練の増強になりがちですが、具体的にどの部門の商品が売れていないかを調査分析し、商品構成や価格帯を変更するなど、論理的・具体的な行動変化をしていく必要があります。

 新しいことに果敢にチャレンジしていくことを忘れてはなりません。企業の「生まれ変わり」や「改革」にもつながっていくベンチャー的な思考を常に持つことで、増税に伴う市場の変化に対応していける企業力を身につけていきましょう。

 ITが普及したとはいえ、システム化が遅れていたり、ITを使いこなせていない企業はたくさんあります。しかし、今後さらに増税が進めば、企業活動の効率化への圧力はより強くなっていきます。 社内には、ITの活用によって、より早く、ミスなく、低コストでできる作業も数多く存在するはずです。ITの動向をキャッチし、導入を常に検討し続けることは必須の課題となることでしょう。

 増税はすでに走り始めています。企業のあり方を根本的に見つめ直すチャンスとして、第一歩を踏み出してみることが大切です。

増税によってマーケットは大きく変化していきます。
自社の商品・サービスは、はたして顧客は本当に欲しがっているのか、買いたい価格になっているかを今一度検討し直すことが必要になります。
■執筆者 上田智雄(うえだともお)
1975年生まれ。税理士。いっしょに税理士法人(渋谷区恵比寿)代表社員、デルソーレ・コンサルティング株式会社 代表取締役。主な監修本に、『納税で得する一覧表』、『取り戻せる税金一覧表』、『人生の節目の書類書き方教えます』(以上、サプライズBOOK)などがある。
●奉行EXPRESS 2016年夏号より [→目次へ戻る]