特別連載コラム第1回:消費税増税で考えるべき「価格戦略」の要点。価格設定は企業の先行きを左右する
消費税関連の動向として注目すべき点はどこなのか
 消費税率は2014年から17年の3年間で2倍になることになり(5%→8%→10%)、試算によれば、一般的な家庭の消費税負担は年間で20万円ほど増加すると言われています。また消費税は、所得税や住民税と違って収入の多い少ないにかかわらず消費全般に一律して課されるため、所得が少ないと感じている人や、生活する上でかかる食料品や日用品の家計に占める割合が高い人にとっては、増税による消費税負担は大きくなるばかりと不安に感じている人も多いでしょう。
 この負担感を解消するため、日常的に消費される品目(食料品や新聞等)については軽減税率の措置(軽減税率制度)をとる方向で審議が進められています。ただし生活必需品の中には、食料品や新聞以外にも医薬品、住宅、公共料金など暮らしの中で発生するものはまだまだたくさんあり、これらがそのまま増税になり高い税負担が強いられることになれば、消費者としては「物価が高くなった」と感じざるを得ません。
 皆さんもご存じの通り、すべてのビジネスの最終的な利益の源泉は一般消費者の支出によって成り立っています。「所得は変わらないのに税負担は大きくなるばかり」と支出負担が大きいと感じる一般消費者が増えれば、消費行動に変化が起こることは間違いありません。これらを考慮すると、企業や個人事業主は事業規模の大小にかかわらず、経営戦略として今後の商品・サービスの戦略的な価格設定が必要になります。「価格を上げる」のか、それとも「価格を下げる(価格を据え置く)」のか、事業の存続すら左右する大きな決断を迫られそうです。
値上げをするか値下げをするか、増税による価格設定の事例
 14年4月の8%増税の際に、「価格を上げる」「価格を下げる」という2つの価格戦略が発生しました。牛丼を主力商品とする外食産業2社の事例を見てみましょう。

 A社は、牛丼1杯の値段を280円から300円に引き上げて、増税と原材料の高騰を価格に反映させました。これに対してB社は、牛丼1杯の値段を280円から270円に引き下げました。どちらの企業も増税と原材料高騰においては同じ条件ですが、A社は「作業工程を増やして味をよくする付加価値戦略」、B社は「価格を下げることで客数を増やし利益額を確保する戦略」をそれぞれとったのです。

■A社とB社に見る売上高の前期比較前年同月比2014年4月〜9月
 ※各企業のIR情報から独自にグラフを作成


 A社とB社にはそれぞれリスクはありました。A社には「単価の引き上げに対して、客数が減少すれば収益が減少するリスク」、B社には「単価の引き下げに対して、客数増加が見込まれなければ収益が減少するリスク」です。
 現在は8%の消費税増税直後から2年近く経っており、その後2社ともに様々な戦略を施したことから、当時の価格戦略の影響は残っていませんが、14年4月以降半年間の売上高の前期比較(前年同月比)に上記グラフのような差異が表れました。
 価格増加(値上げ)をしたA社は、14年4月からの4か月間は平均で−4.23%と売上高の前期比較は減少しましたが、 5か月目以降は+0.30%(14年8月)、+1.60(14年9月)とプラスに転じました。一方、価格減少(値下げ)をしたB社における売上高の前年比較は最初の1か月は−1.40%(14年4月)と減少したものの、2か月目以降はプラスとなり、14年5月からの5か月間の平均は+6.36%とA社よりも高い数値となりました。
 この「売上」に焦点を絞った見方においては、増税によって負担を感じる顧客に対しては、消費税転嫁ではなく価格を引き下げた戦略が功を奏したということになります。ここで重要なのは、どちらの戦略が正しいか誤りかという問題ではなく、「増税に伴う価格設定は、その後の売上に大きな影響を及ぼす」ということです。顧客の傾向や自社の特性を考慮に入れながら価格戦略を講じ、企業のさらなる成長を目指すことが増税では求められるのです。

 顧客は増税が行われても、欲しい商品が納得いく価格になっていれば、その商品を違和感なく購入するでしょう。一方で、顧客の心情や感情を無視した価格設定をし続ければ、市場からの撤退も余儀なくされることもあります。増税によって価格戦略をどう練るのか、大きな決断が迫られています。

増税により価格設定をどうするかは難題です。
顧客の傾向やタイミングなど、これまでのデータをいかすことが価格戦略を成功させる第一歩になるはずです。
■執筆者 上田智雄(うえだともお)
1975年生まれ。税理士。いっしょに会計事務所(渋谷区恵比寿)所長、デルソーレ・コンサルティング株式会社 代表取締役。主な監修本に、『納税で得する一覧表』、『取り戻せる税金一覧表』、『人生の節目の書類書き方教えます』(以上、サプライズBOOK)などがある。
●奉行EXPRESS 2016年春号より [→目次へ戻る]